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無憂とお別れ 2005. 6. 4
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 私が小さなカメラを持つことになったのは、三春堂に永く君臨していた元野良の黒猫mayaの死がきっかけでした。
それまでは、写真家の友人がそばにいてくれたので自分で写真を撮りたいと思ったこともありませんでした。プロが写真を撮る緊張感や厳しさを、まのあたりにしていたので、安易に写真を撮るなんて考えられなかったのです。

1994年1月にmayaが亡くなった時、多くの方が悲しみとして受けとめてくださったことに驚き、思い出として残したいと思いましたが、写真家の友人は、そんな日常写真を撮ってくれるわけではないので、急いでコンパクトカメラを買いに行きました。その写真家もカメラ選びについて来てくれたのですが、軽くて簡単ちょっとデザインが良ければという私の希望に呆れていました。もう少しましなカメラを持たせたいと思って一緒に来てくれたのに。そのコンパクトカメラを手にしてから、何気ない日常や花などを、ときどき撮るようになりました。


c0009350_0515197.jpgその年の9月の夜に、目白台の近くでライオン丸のように毛をカットした不思議な姿をした猫のようなものが、前方を横切っていきました。興味津々で次の日からそのあたりを探していたら、住宅の横路にいるのを見つけて撮った写真が、写真集の3ページのアップの写真です。褒めることなどしない写真家が、珍しく「面白いじゃない」と言ってくれたのでビックリしてしまいました。お客様からも、その写真が欲しいと言われたのがきっかけで、写真屋さんでポストカードを作ってもらうようになり、どんどんポストカードが増えていきました。本当に人はオダテラレルト............です。そのうえ2003年には「三春の小路-めじろ、わたしの猫たち」という写真集になって出版されたのです。


c0009350_0523553.jpgその写真の猫は、引越しで置いていかれたグレイのペルシャ系の猫で、ご近所の方から餌をいただいて、誇り高く自由に暮らしているようでした。飼ってくださる方がいて引き取られても、逃げ出してストリートキャットをしているとのことでした。その憂いない生き方から、私は「無憂」とよぶようになりました。'98のある日、頭にひどい怪我をしているのを見つけ、急いで目白の動物病院につれていったところ右目の上が、なかで化膿していて毛が抜け落ちて大変危険な状態とのことでした。お岩さんのような可哀そうな姿でしたが、8日間の入院で驚異的な回復をみせきれいに治ってきたので、お世話をしてくれていたところに戻すべきかと思っていたら、先生から野良に戻すと、また怪我をする可能性があるので飼ってあげたらと言われたのです。目白台で世話をしてくれていたご近所に相談に行ったところ、飼ってくれるならと了解がとれ、ショップでそのまま飼うことになりました。

完全に傷が治って自由に外出するようになると、その目立つ容姿のせいで近所の人気者になっていきました。当時三春堂には、野良のシマ母猫とその子供たちが出入りしていたので、それが気に入らないのか、そのうち三春堂の先隣のエリカ美容室のお勝手側からお邪魔するようになり、だんだん帰ろうとしなくなりました。美容室の方は猫を飼ったことがなく、勝手な侵入者に最初戸惑っていらっしゃいましたが、次第に慣れて飼ってくださることになったのです。自分だけを可愛がってくれる生活に大満足しながら、ときどきは三春堂にも訪ねてきてくれました。それは、もとの場所にチョット挨拶に来たという感じで、自分はエリカ美容室の猫になったのだと、きっぱりと態度にだして私に甘えることは一切しなくなりました。私もそれを了解して、美容室の方が気にするぐらい無憂と距離をとるようにして暮らしてきました。


c0009350_0535832.jpg今年で20歳ぐらいの年齢になって体の衰えが目に見えてきて、美容室の方が心配で獣医さんに相談したところ、あとは自宅で過ごさせるのが良いということになり、皆で少し覚悟しつつありました。
3日の夜に、元気がなくなってきているので逢いに来てくださいと言ってくださったのですが、無憂と私には暗黙に交わしたけじめのような約束事があったので(私の思い過ごしかもしれないのですが)行くべきか、行って彼が喜ぶのかと迷いました。
でも美容室の方のお心遣いもありましたので、訪ねる決心をして11時ごろ伺うと、無憂はバスタオルの上で寝ていたので、私は座ってバスタオルのまま膝の上にのせてみると、いやがる様子ではなかったので話しかけたり、耳や毛を静かに撫ぜたりしているうち気持ちのよさそうな顔をしてくれ、呼吸もとてもしっかりしてプライド高い無憂の姿になってきたので、足のしびれを我慢してできるだけそのまま続けていました。エリカさんと「この様子なら今晩は大丈夫そうね」と話し合って、12時半ごろ私はショップに戻りました。

雑用をしていて1時間ぐらい経ったころエリカさんが、少しまえに急に痙攣をおこして息を引き取ったと無憂を抱いて突然見えました。あんなに息がしっかりしていたのにと、不意をつかれ呆然としてしまいました。そこには、まだ温もりが残っていても動かない無憂がいました。美容室に戻り、エリカさんが無憂が好きだった籠に寝かせてくださいました。プライド高く生きた無憂に私が最後にしてあげられることは、綺麗な姿にしてあげることしかありません。元気だったころの半分しか体重がなくなっていましたので、やつれてみえないよう毛を整えて彼らしいちょっと偉そうな寝姿にしました。特に顔は生前の立派な風貌で寝ているようにしてあげたくて、目と口を綺麗に閉じひたすら毛を撫ぜていると毛に艶がでてきたようにみえ、ようやく無憂らしい気位の高いポーズで気持ちよさそうに寝ている姿になりました。

翌日逢いに行ったら、エリカさんが綺麗にお花を飾ってくださった籠の中で立派な寝姿をしていてくれて安心しました。これなら無憂を可愛がってくださった美容室のお客さまとも、いいお別れができそうです。無憂は飼い主に置き去りにされ、それでもご近所を魅了して誇り高きストリートキャットを長年やって、怪我がきっかけで目白に来て7年、自分でお気に入りの住まいを見つけて、美容室の先生と助手の方の完璧な愛情を一身に受け幸せな生涯を全うしました。

無憂は、逆境にも悠然と生きる誇りの高さを見せてくれました。無憂の生き方の哲学は天性のものなのでしょうか。動物は自分に起きた悲劇や苦難を、どうしてあれほど素直に受け入れられるのかと驚かされます。以前にも、すごく見事な生き方を見せてくれたmayaという猫がおり、そのmayaにも無憂にもとてもかなわないと思う私ですが、そのような生き方の哲学を持った猫に出逢え、一緒に暮らせたことは幸せです。

5日には、お骨になって帰っているはずなのですが、その姿にまだ逢いに行けません。
無憂を送ってくださったエリカ美容室のお二人に心から感謝しています。

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by miharu-ando | 2005-06-08 00:42 |