カテゴリ:中村彝アトリエ( 6 )
「中村彝アトリエ」保存が正式に決まりました
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新宿区は、新宿区下落合3丁目に現存する大正期の画家「中村彝」のアトリエ保存の交渉を、所有者さまと2007年3月より続けておりましたが、この度合意の運びとなり7月14日付で保存が正式に決定したという嬉しいニュースがようやく届きました。3年余りの交渉を続けてくださった新宿区と、ご理解くださった所有者さまに感謝で一杯です。

2006年2月より新宿区へ「彝アトリエ」の保存を求める活動が有志の方と区議の方により始まり順調にいっているようでしたが、2007年2月5日、新宿区は「彝アトリエ」を保存する方針がなくなっていることを、根本議員との電話でたまたま知りました。年度末も間近で、もう諦めなければならないようなお話でした。どのようにしたら可能性がでるのかお聞きすると「多くの地元(下落合)住民が保存を求める活動である保存会ができれば」とのことでした。でも、根本議員の最終議会質問は2月23日とのことで、その1週間ぐらい前には立ち上げないといけないという猶予のない状況と分かりました。

そのころ、三春堂は目白でショップ、下落合でギャラリーを営業していましたが、スタッフ不足と営業的にも難しい時で、私自身が動ける状況ではないので、下落合の方にすぐ動いてくださるようお願いをしてまわったのですが、すでにほかの活動されている方も多く、牽引役を引き受けてくださる方がすぐ見つかりませんでした。時間もないので困り果て、三春堂のお客さまで古い建物の保存に日頃から熱心な竹内さまに相談したら、保存会が設立できるよう動くしかないでしょうと、早速翌日から一緒に活動を開始してくださいました。竹内さまの協力がなかったら、私は動けなかったと思いますし、「中村彝アトリエの保存」はできなかったのではと思っています。本当に感謝しています。

なんとも不思議なのですが、竹内さまは豊島区在住で、三春堂もそのころの本拠地は豊島区目白で、新宿区下落合の彝アトリエ保存のためのスタートは豊島区の住民が始めたことになりました。でもこの地域は豊島区と新宿区の隣接地なので、区境で分けることが難しく、無意味と日頃より感じていました。特に文化は区境には関係なく育まれているのですから。目白・下落合は豊島区と新宿区が協力して魅力的な地域にしていただけたらと、願っています。豊島区の高野之夫区長、新宿区の中山弘子区長、ぜひぜひよろしくお願いいたします。

「中村彝アトリエ保存会」設立準備会としての趣意書を2月15日付で作成し、広く下落合の方に設立メンバーをお願いすることができました。2月19日には区議の方が新宿区へ提出してくださいました。その後、すっかり止まっていた彝アトリエ保存の件が、新宿区の担当者のところで動きがでてきたとのことでした。2月23日の根本議員の彝アトリエに関する最終議会質問に正式に答弁してくださることになり、彝アトリエ保存を新宿区は継続して検討するという答弁をいただき、保存の可能性を繋げることができました。振り返れば正味18日間の激務で三春堂は仕事にならず、彝アトリエが残って、三春堂がなくなりそうでした。3月1日、正式に「中村彝アトリエ保存会」が設立され、Chinchikoさんによる内容豊かなホームページも始まりました。

そして「中村彝アトリエ保存会」がこれから活動するには活動費が必要になるため、医学博士で尺八奏者の岸本寿男先生から、アトリエでのチャリティーコンサート開催を提案していただき、3月21日に開催することができました。素敵な尺八とギターの演奏とアトリエも見学できる機会でしたので、多くの方がお越しくださいました。寄付もたくさん集まり、保存会の活動費の基礎になってくれました。お忙しい中ボランティアで演奏会を開催して、アトリエ保存にいち早く協力してくださった岸本寿男先生に、心から感謝しています。(岸本先生のオリジナル曲のCD「SKY & WIND」はとても素敵な演奏です。*三春堂ギャラリーにあります)

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2007年3月28日から所有者の方々と、中山弘子区長および区担当者との第1回目の話し合いがスタートしました。それから3年3ヶ月余りかかりましたが保存のための合意ができ、2010年7月14日に正式発表となり ました。長い時間かかったため、アトリエは傷みが進んでいるように見え心配でしたが、ようやくほっとしました。アトリエは一度解体され、整備して「中村彝アトリエ記念館」(仮)として2012年に公開されるとのことです。本来の魅力を損なわない再現になってほしいと願っています。

「中村彝アトリエ保存」のための署名、活動費の寄付をしていただきました皆様に心よりお礼申し上げます。嬉しいご報告ができて幸せです。

三春堂ギャラリー・安藤 三春


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東京新聞に掲載 外観再現 記念館に(2010.7.22 夕刊

東京新聞に掲載 生かせ「赤い屋根瓦」(2007.5.21)

■2008年、中村彝の桜(2008.4.1)
■「中村彝アトリエを救え」の記事が「芸術新潮」に掲載(2007.4.27)
■中村彝アトリエでライブがありました(2007.3.22)
■「中村彝アトリエ保存会」設立のためのお願い(2007.3.3)
■中村彝のアトリエ訪問(2006.4.8)
 → 中村彝関連の記事すべてを見る
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by miharu-ando | 2010-07-21 04:43 | 中村彝アトリエ
2008年、中村彝の桜
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昨年3月、老木のため倒壊の恐れがあり伐採すると、新宿区から看板を掛けられた中村彝ゆかりの「彝桜」が、周囲のご希望もあって伐採を免れ、補強工事もされ生き残りました。

今年はどのように咲いてくれたのかと、先日見に行ってきました。
倒壊を防ぐためとはいえ、これほどごっつい補強でないといけないのかと、やはり戸惑いました。桜の雰囲気には太い金属の角柱はとても違和感があり、痛々しく思いゆっくり眺める気分になれませんでした。もう少し、優しく保護されているという感じにすることはできなかったのかしらと思うのは、素人考えでしょうか。
でも、伐採され悲しい思いをするよりは、よかったのですね。彝の桜は、精いっぱい咲いていました。

肝心の「中村彝アトリエ」の保存の進行具合が、昨年5月以来伝わってきません。
新宿区が保存にむけご尽力くださっているので、期待して待っています。
早くよい結果がでることを、彝の桜も待っていることと思います。

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「中村彝アトリエ」の記事 - 生かせ「赤い屋根瓦」- 東京新聞 2007.5.21.

「中村彝アトリエを救え」の記事が「芸術新潮」に掲載(2007.4.27の記事)

中村彝アトリエでライブがありました(2007.3.22 の記事)

「中村彝アトリエ保存会」設立のためのお願い(2007.3.3 の記事)

中村彝のアトリエ訪問(2006.4.8 の記事)
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by miharu-ando | 2008-04-01 05:07 | 中村彝アトリエ
「中村彝のアトリエを救え」の記事が「芸術新潮」に掲載
c0009350_1036672.jpg3月に、芸術新潮の知り合いの編集の方から、中村彝のアトリエの保存活動のことでお電話をいただきました。芸術新潮でも、彝のアトリエが現存していることに驚き、保存を応援したいとのお話で、すぐ取材にきてくださいました。その記事が掲載された「芸術新潮」5月号が、25日発売になりました。内容を良く伝えてくださり、とても嬉しいです。表紙をご紹介しますので、ぜひ買ってご覧いただければと思います。(P139 です)

アトリエ保存の記事が「芸術新潮」に掲載。

中村彝アトリエでライブがありました(2007.3.22 の記事)
「中村彝アトリエ保存会」設立のためのお願い(2007.3.3 の記事)
中村彝のアトリエ訪問(2006.4.8 の記事)


c0009350_015297.jpgその取材の折、アトリエまでご案内する途中、彝が好んだ林泉園の桜並木の現在ではたった1本しか残っていない桜に、「倒壊の恐れがあるので、伐採します」という区からのお知らせが掛けられていて驚きました。今、彝のアトリエ保存が動きだしたというのに、彝が好きだった最後の桜が失われてしまうのは、なんとも悲しい思いがしました。100年を超えて生きてきた幹の表情が、言葉もなく訴えているようでした。


2月中旬に「中村彝アトリエ保存会」の設立準備もでき、最後の機会となる2月23日の新宿区議会で、「中村彝アトリエ」を新宿区として保存の方向で検討すると、答弁をいただくことができました。3月1日に、保存会 が正式に設立いたしました。

c0009350_0172497.jpgそのように、最初の難関を越えたところなのに、彝の象徴でもある桜を失うのはしのびなく、アトリエ保存に力を入れてきてくださっている区議の方にお願いしたり、区長さんへアトリエ全体保存をお願いするとともに、桜も残してほしいと手紙を書いたり、何かに突き動かされているようでした。個人的に桜には特別な思いがあって、桜の精がそうさせたのかもしれません。幸い周辺の方からの反対もあって、3月19日に張り紙が外され、伐採は免れることができました。そのお礼のように、見事に咲いた「彝桜」をご覧ください。

これまでに、多くの方から「中村彝アトリエ保存」の寄付賛同をいただき、本当にありがとうございます。保存が確定するには、まだいくつものハードルがありますので、これからも新宿区と保存会への応援をよろしくお願いいたします。

「中村彝アトリエ保存」が、持ち主様の格別なご理解をいただいて、実現しますようにと、心から願っています。
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by miharu-ando | 2007-04-27 00:40 | 中村彝アトリエ
中村彝アトリエでライブがありました
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3月21日、春分の日に「中村彝アトリエ保存会」のための岸本寿男・尺八チャリティライブがありました。陽気にも恵まれ沢山の方が来てくださり、静かに盛況でした。

af_blog でお楽しみください。
尺八とギター@中村彝アトリエ

「中村彜アトリエ保存会」設立のためのお願い(2007.3.3 の記事)
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by miharu-ando | 2007-03-22 23:07 | 中村彝アトリエ
「中村彜アトリエ保存会」設立のためのお願い
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新宿区下落合3丁目に、「エロシェンコ氏の像」(国の重要文化財)を描いた洋画家・中村彜(なかむらつね)のアトリエが現存しています。アトリエは1916年(大正5)に建てられ、ベルギー製のくすんだ赤瓦の屋根の魅力的な建物で、「アトリエ建築」の初期作品としても大変貴重なものです。「エロシェンコ氏の像」は、まさにそのアトリエで鶴田吾郎との競作で描かれました。

c0009350_112194.jpg昨年初めより、このアトリエの保存を新宿区に要望し、建物の記録調査も済み、新宿区として保存の意向で進んでいるとのことですが、まだ結論がでていません。
1970年代より、新宿区に対し過去3回保存を求めた経過があったにもかかわらず、受け入れられず今日にいたりました。
建物の傷み具合と、持主様との交渉期限(今年3月まで)からみても、最後のチャンスなのです。
新宿区へ「中村彜アトリエ保存」をお願いする、より強い要望が早急に求められています。
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「中村彜」という画家の日本の美術史における重要性と、そのアトリエが幸運にも現在まで残っていたという奇跡のようなこの事実は、国のレベルで理解と保護をしなければいけないことと思いますが、このままでは大変難しい状況です。その危機的な状況を打破するための最後の努力として、アトリエのある新宿区下落合の住民が中心となり、さらに今日まで中村彜を愛してきた方々のお力を借りて「中村彜アトリエ保存会」を設立し、新宿区に強く働きかけることになりました。
ぜひ、中村彝アトリエの保存にお力を貸してください。新宿区が残さなかったことが、後世どれほどの損失だったかと非難を受けるとき、それは住民の責任にも繋がることになることでしょう。
中村彜の価値は、新宿区という地域性のものではなく日本の美術界の宝なのですから、全国的にそのアトリエの保存のためのムーヴメントが起きてくれればと願います。

2007年2月15日
「中村彜アトリエ保存会」設立準備会 (安藤 三春)


■ご賛同いただける場合は、三春堂にて「中村彜アトリエ保存会」の事務活動費の寄付(1口1000円)を受け付けておりますので、よろしくお願いいたします。
■また、ツネアトリエ・ボランティアを募集しています。お手伝いしていただける内容や、ご都合をお知らせいただければ幸いです。

中村彝のアトリエ訪問(2006.4.8 の記事)
中村彝アトリエでライブがありました(2007.3.22 の記事)
「中村彝アトリエを救え」の記事が「芸術新潮」に掲載(2007.4.27の記事)
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by miharu-ando | 2007-03-03 01:19 | 中村彝アトリエ
中村彝のアトリエ訪問
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2月に、憧れの中村彝のアトリエ訪問におともさせていただきました。
本当にこの場所に中村彝が住んでいて、あのエロシェンコ氏の像を描いたと思うと、ちょっとドキドキしてしまいました。

c0009350_3425192.jpg目白にギャラリーを開いてまもなく、取り寄せた本のなかにエロシェンコが目白駅を利用していたと書かれていたのを読んで、何だか急に目白がより特別なところに感じてしまったことを憶えています。それ以上調べることもなく過ぎてしまいましたが、昨年ブログで知り合うことができたChinchikoPapa さん(やはり、お名前変!)のおかげで、下落合に中村彝のアトリエが現在でもあることを教えていただきました。
さらにアトリエを拝見できる機会を作っていただき、小道さんとご一緒させてもらいました。私はというと、落ち着きもなくウロウロとしていたようで撮った写真は彝と関係ないものだったり、あとで見たら中途半端なものばかりでした。でも好きな画像がいくつかありましたのでご覧ください。

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庭には、ゆかりの楡や椿のほかに夏みかんの木があって、黄色く色づきはじめていました。後日、ChinchikoPapa さんが夏みかん狩りを頼まれたそうで、その夏みかんで作った貴重なマーマレードをいただきました。さしずめ「中村彝印マーマレード」、とても食べてしまうわけにいきません。もうひとついただいた中村彝の「エロシェンコ氏の像」のポストカードと一緒に写真を撮りました。(ChinchikoPapa さん、ありがとう)

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ここに多くの画家が集い、ドラマが繰り広げられたこと、中村彝が素晴らしい絵をここで描いたこの場所の証が、これからも残っていってほしいです。
何度か、保存を訴えたにもかかわらず実現しなかった経緯があるそうです。今、アトリエの保存をあらためて新宿区に要望する活動が動きだしました。建物の痛み具合から、最後の機会と思われます。奇跡的に残っていた文化遺産に新宿区のご理解をいただき、今度こそ保存が実現しますように。そして、多くの方にご協力をお願いしたいと思います。

「中村彜アトリエ保存会」設立のためのお願い(2007.3.3 の記事)

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by miharu-ando | 2006-04-08 04:05 | 中村彝アトリエ